J-scat日本作詞作曲家協会



1994年

「JASRAC事務所移転に関する不正融資疑惑事件」勃発。
この年、JASRACは西新橋から代々木上原「古賀政男氏宅跡地」へ移転する計画を発表したが、その移転及び古賀政男記念館建築・JASRACの入居先ビル建築に関して重大な「不正融資」疑惑が発覚した。
この事実をつかんだ作曲家小林亜星と心ある有志が当問題を追及するとして「JASRACビル移転問題を追及する会(以後「追求する会」という)」を設立。会報第一号「急報、全会員諸氏に告ぐ!」を発表。その中で古賀財団とJASRAC理事会(執行部)が締結した「77億円無利子融資」契約締結を、会員権利を激しく損なうものだと告発。

それにより、本件不正融資を画策推進した作詞家の「石本美由起」氏執行部を総辞職に導き、それにより「なかにし礼理事長」「黛敏郎会長」の新執行部体制が確立した。この体制はJASRACの損害を最小限に抑える役割を積極的に果たすものであり、これはJ-scatの追求と提案によってなし得たことだと確信している。

1995年

この年は役員(理事長・会長・理事・評議員・監事等)改選を行う年となるが、遠藤実新会長と文部省から天下りの加戸守行新理事長が誕生した。
評議員選挙では「追求する会」が大躍進し、多数の新評議員を擁立した。理事会・執行部は、依然として文部省からの天下りを新理事に据えることを強引に認めさせたため、「追求する会」は会員・信託者の財産保全の運動を起こすべきだと考え、以降「追求する会」の名称を「JASRAC会員の信託財産を守る会(以後「守る会」という)」に改め、作詞の永六輔氏が「守る会」の代表となる。
古賀財団への不正融資を追求する機運が高まる中、古賀財団は逆にJASRACを訴えたため、「守る会」はJASRACを支援するため、東京地方裁判所民事第四部に補助参加する等、積極的に会員・信託者の財産保全の運動を展開、同時に文化庁に会見を申し込み、古賀財団への不正融資問題に関する文化庁の見解を直に求める行動を起こした。

1996年

古賀問題裁判担当の藤村啓裁判長が、JASRACに対してあまりにも不自然な和解案を強いるため、「守る会」はこれを阻止するべく罷免請求を国会訴追委員会に提出。これが受理される。
同年6月の総会で、古賀財団への融資額の採決に際しては、賛成686、反対331の多数決により、当初の77億円という融資額から52億円に減額された和解案を受け入れることに決定、承認された。
本来は不正融資だった件だが、「守る会」の積極的財産保全を求める運動が功を奏した形となった。
この後も「守る会」は事態注視するために運動を続ける決意をし、運動の資金作りのために、永六輔+小林亜星+野坂昭如と「世直しトリオ」を結成。会員応援者とライブ活動を展開する。

1997年

「守る会」に大いなる賛同の意を表明し応援して下さった黛敏郎先生のご逝去という悲しみに包まれたものの、「守る会」をより先鋭進化させるべく新しい姿を模索。
JASRACメンバーの権利擁護を目的に見つめ続ける「日本作詞作曲家協会(J-scat)」を発足。
同年のJASRAC総会においては、執行部が「信託約款第7条」を盾に、信託者の財産であるお金を“第三者に貸し付けられる”という曲解を正当化させようとしたが、これをJ-scatは阻止。この頃からJ-scatは会員・信託者からの賛同を幅広く得るようになり、改革ウエーブが起き始めることとなった。
また、J-scatは、JASRAC理事会が決定した会費徴収に反対し、支払い拒否をも考えたが、多数決の原理により「会費制度廃止」は叶わなかった。

1998年

インターネット時代到来。音楽も配信時代に突入することを早くから進言していたJ-scatメンバーが、JASRAC評議員選挙に多数当選したことにより、執行部も21世紀IT時代の著作権処理を模索する上での協力をJ-scatに仰ぐこととなり、J-scatメンバーはJASRACのIT関連事項に積極的に参加することとなる。
同年、元オリンピック体操選手の小野清子理事長が誕生したが、J-scatは次の参議院選挙までの腰掛けであれば問題だと追及。これに対し小野清子理事長は「真剣に任期を全うするつもり」と反論したが、結果は任期を18ヶ月も残す突然の辞任。その上年俸約3700万円と1000万円近い退職金を得て、予想通り参議院選に出馬。
J-scatはその後も「天下り」と天下りに近い理事長に強い反対の意を唱える。

1999年

JASRACと共に21世紀のデジタル時代に対応すべく「Dawn2001」に積極参加。 J-scatは反対するばかりの野党と揶揄されるが、デジタル時代の著作権をいち早く捉え、ハード面・ソフト面でJASRACに多大なる協力を展開した。
すでに始まっていたmp3データ配信に関する説明とデモンストレーションを総会で行うなど、新しい概念、新しい技術を知らずして未来は到来しないということをプレゼンテーションした。

また、引き続き会費制度の廃止を執行部に求めるものの、多数決により廃止案が却下される。
そもそも、会員から集めた会費というものを、執行部の一存で文化事業という名目で、恣意的に発注したコンサートが文化事業と言えるのかどうか。文化事業のための会費徴収というものは本末転倒であって、その前に、既に著作権使用料の徴収分配から手数料を取っているのに、何故文化事業のためと称しで会費を徴収できるのかの理屈が通らない。JASRACは音楽文化に資する団体でなければならないという理事長の答弁は、肝心な真実を隠している空しき言い訳にしか聞こえない。

2000年

JASRACに存在するいくつもの「委員会」に関して、人選や構成に疑問を呈し、委員会制度の見直しを要求。

2001年から2012年へ

激動の時代に突入。日本では小泉純一郎政権の誕生後、阿部、福田、麻生とめまぐるしく首相が代わり、遂には自民党から民主党に政権交代。米国では21世紀の幕開けに同時多発テロを受けるという想像を絶する事態である。 音楽に関わる米国のApple は新しいOS-Xの搭載を開始。携帯オーディオプレイヤーiPodを発表。その音楽配信基地としてiTunesをリリース。 正しく、既存の概念が駆逐され、2012年現在、世界が認めるSNS王者Facebookが政治まで動かす世の中になり、TPPと共にApple、Google, Amazonの三つ巴世界制覇戦略の要である「Cloud Computing」に我が国はゆさぶられる状態となっている。
平成13年から平成23年までの、つまり2001年から2011年までの10年間は、息つく間もない一足飛びの技術革新の期間だった。そして新世紀10年目の3月11日、東日本を震度9の大地震が襲い、続く大津波は原子力発電所原子炉冷却用全電源を奪い取り、原子炉建屋3棟が立て続けに水素爆発を起こした。未曾有や想定外と片付けられない、稚拙で無責任なシステムが日本を覆い尽くしていたことが露呈し、今だにこの惨状から脱し得ていない。JASRACの著作権使用料の徴収額も当然この被害にあうことになり、J-scatとしても復興に協力すべきは協力するという姿勢である。

遡って平成20(2008)年4月には、公正取引委員会によりJASRACは放送使用料に関して独禁法違反の疑いが濃厚と疑われて立ち入り検査を受け、その一ヶ月後に排除措置命令が下される。
放送に関するブランケット契約は、民放連をはじめとする放送局側と交渉し成立したJASRACが持つ使用料徴収に関する契約で相互に同意した事であるが、独占的立場に立つ側の者が、第三者的事業者を排除していると見なされる事態はむしろ由々しき事と真摯に現実を受け取るべきだという考えで、J-scatは公取委に対して挑戦的姿勢のJASRAC執行部に対し、まずは反省の弁を申し出る方が得策と進言。
しかし、理事会はあくまで公取委と戦う決意であるとし、J-scatの進言は却下。ただし、表面上は全面的に闘うと言いつつも現実的に裏では、時の理事長加藤衛氏が某記者会見で「ソフトランディング(和解)も視野に入れている」と応えるなど、一貫性を欠くものであった。

「技術革新」という聞き慣れた言葉で呼べないくらいの端末技術の進化は、著作権使用料徴収の拠り所である発信音源の所在地さえ不明瞭にする「Cloud」という概念を生み出した。音楽ビジネスの概念が根本からひっくり返される新概念到来を、J-scatメンバーはしかしながら10年前から予測しJASRAC執行部に進言していた。
JASRAC執行部、特に理事会はJ-scatメンバーのこの進言・提言を子供じみた絵空事か、自分たちには関係のない世界の話だとして取り合わず、そこにある危機に対して真摯に向き合わなかったために、全ての新技術に関わる著作権使用料の徴収方法や対策が後手に回る事態となっている。
それにも関わらず「間接侵害」における法整備と称して、新たに法律の明文化にJASRACは異を唱えず、文化庁の方針を鵜呑みにせざるを得ない状況に危機感を持つJ-scatとしては、現在の法廷でも通用している「カラオケ法理」で事足りるとし、何が何でも明文化する方策は寧ろ会員・信託者の権利を阻害する恐れがあるという意見を展開。

また、J-scatはデジタル著作権時代に一番大切なことは、より一層の「情報公開」であると主張。しかしJASRACは、一般社団法人に移行したことにより、全ての物事は「理事会と総会」で決定すればよいという簡単な手続きに集約し、1998年に制定したはずの「情報公開規程」さえも削除し、会員・信託者の知る権利を奪い取ってしまった。 JASRAC執行部は、会員・信託者の財産の現実を報告し審議するべき「事業報告」についても、特に「上半期事業報告」については会員の議論を不要とし、「報告」だけで通過するという姿勢である。これは会員・信託者を軽く扱うことであり、そもそも会員・信託者あってのJASRACであるという根本を全く無視している。 会員・信託者の財産が現在どうなっているのかの情報を公開する場である「上半期事業報告」が定款にないのは異常事態である。J-scatはこの件を定款の条文(細則も含む)に盛り込むよう求めていく。